前回のお話をさらにもう少し現代医学的・漢方的に考えてみましょう。肌のバリアとして、衛気(えき)という気の一種があるとお話ししました。皮膚の一番外側の部分=表皮は、外界のいろいろなものと接触がありますが、その中には微生物や化学物質など、身体にとって不都合なものが数多くあります。それらが侵入してこないように内部を守る必要がありますが、漢方ではこの衛気が外界からの不都合なものから守っているとされています。さらに衛気には、皮膚などを温める作用や、汗の出入り口の開け閉めを調節して、体温の管理もしていると考えられています。衛気がきちんとその役割を果たすことで、感染症に容易に負けず、皮膚は潤ってきめ細かい肌になるということです。
これらを現代医学的に置き換えて考えてみましょう。感染を起こす微生物、病原体から身体を守るのに、免疫系というものがあります。全身の免疫系とは別に、局所免疫というものがあり、とくに表皮など、外部との第一関門として、水際の防波堤のような、空港の検疫や入国審査のような働きをする免疫系があります。角質層、低いpH(弱酸性)、身体にとって有益な常在細菌叢、粘膜の体液や粘液の殺菌・抗ウイルス物質、分泌型IgAなどがこの局所免疫です。全身の免疫系とは独立して存在し、外部からの侵入に対処している生体の働きです。前回も言いましたが、顕微鏡や遺伝子検査のない時代に、これら目に見えない働きを、衛気と呼んで置き換えれば、なんら矛盾がないように思えませんか?角質層の水分濃度や免疫物質の調整を、また、微生物をみつけてその力を失わせる抗体IgAなどを送り込むなど、このような働きをまとめて衛気の働きと解釈しただけのことではないでしょうか。
この局所免疫を正常に保つにはどうしたらよいでしょうか。これには反対に、免疫の状態が悪くなったときのことを参考にしてみましょう。先天的な免疫不全を除き、もともと免疫の正常だった個体が免疫不全状態になる場合は、現代医学の教科書によれば、次のような原因が考えられます。すなわち、感染症、やけど、手術、薬剤、悪性腫瘍などに加え、内分泌・代謝疾患、腎疾患、膠原病、消化器疾患、栄養障害、ストレス、肺疾患といったものです。これらを漢方的な用語で置き換えれば、五臓の腎の問題(内分泌・代謝疾患、腎疾患)、脾胃の問題(消化器疾患・栄養障害)、肝の問題(ストレス)、肺の問題(肺疾患)となります。皮膚の直接の問題だけでなく、これら内臓などのバランスが崩れると、皮膚の局所免疫にも問題が起こるという訳ですから、現代医学の考え方と漢方の考え方に大きな違いはありません。衛気に関していえば、衛気の元は水穀の精微(精気)といって飲食物の栄養素と、大気中から吸い込む清気、つまり酸素です。脾胃で飲食物から栄養を吸収し、肺で酸素をもとにこれら身体の重要物質を結びつけて、そこから衛気が生まれます。したがって、消化管の働きや呼吸器の働きを正常に保ちつつ、ストレスにうまく対応し、親からもらった命(漢方では腎)を大切にするということにつながるので、漢方がこれらにはたらきかけ、改善をもたらすことが可能となるという訳です。
文責 三重大学附属病院漢方外来担当医・小児科専門医・医学博士 高村光幸
《参考資料》
皮膚疾患の漢方治療(二宮文乃著・源草社)
中医基礎理論(滝沢健司著・東洋学術出版社)
医系免疫学(矢田純一著・中外医学社)
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