妊娠中の問題として、切迫流産や切迫早産はときにみられるものです。妊娠週数により程度の差はありますが、その主症状は子宮出血と下腹痛です。異常な子宮の収縮が起こっている状態ですので、西洋医学的に安静、子宮収縮抑制、感染対策が基本となります。子宮収縮抑制に使われる主な西洋薬は、動悸などの副作用や、心疾患の発生などがありうるため、基礎疾患などによっては使いづらいものとなります。また、出血が続くというのは精神的にも不安なものだと思われますので、一刻も早く止めたいものです。
漢方薬で、その症状の改善を早めることができるのではないか、という研究がされているものに、芎帰膠艾湯(キュウキキョウガイトウ)があります。子宮出血を伴う切迫早産と診断された患者さんのうち、芎帰膠艾湯を服用させた群と、hCGというヒト絨毛性性腺刺激ホルモンを投与した群とで比較したところ、芎帰膠艾湯のグループのほうが止血までに要した日数が短かったという報告があります。芎帰膠艾湯は、その原典である『金匱要略(きんきようりゃく)』という書物に、「妊娠下血するもの、妊娠腹中痛むもの」に使うよう記載がある漢方処方です。名前の中にある艾という文字は、処方に含まれる艾葉(ガイヨウ)というヨモギの生薬を表し、止血や止痛、保温の作用があるとされます。芎帰膠艾湯のエキス製剤には、痔出血や産後出血という適応病名がついており、次回詳しくお話する予定の産後の諸問題にも用いられることが多いお薬です。
また、切迫早産の管理において、子宮収縮抑制薬投与の際に当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)を服用させることで、子宮収縮抑制薬の副作用が軽減され、必要十分量の子宮収縮薬の使用が可能となり、管理をしやすくできるという結果を示した研究があります。当帰芍薬散についてはこれまでのvol54やvol55でも言及していますが、安胎薬と呼ばれる、妊娠管理に用いる代表格の処方となります。
《参考資料》
漢方治療エビデンスレポート2013・EKAT2013(日本東洋医学会EBM委員会)
【文責】 三重大学病院漢方専門医・小児科専門医・医学博士 高村光幸