現代医学的に不妊の原因を各種検査で調べても、原因不明の機能不妊とされることが10~40%あるということですが、それらを漢方医学的に解釈すると、ある程度原因がわかる場合があると考えています。前回挙げたように、血(けつ)の不足、肥盛(肥満)のほかに、冷え(自覚とは限らず)が隠れていることがあるでしょう。また五臓の問題として、コラムVol.12「母体と漢方(2)」で一部記載していますが、腎虚(じんきょ、じんと呼ばれる生殖に関係する身体の機能の低下)の場合や、肝気鬱結(かんきうっけつ、かんと呼ばれる気のコントロールに関する機能の失調)の場合も、実際に多く認められます。また、そのような状態が長引くことによって、病理産物(身体に存在してほしくないものが発生している病態)が生成され、結果的に妊娠機能の失調を来(きた)している、といったものです。これらは漢方的には一般常識になりますが、実は現代医学的には評価し得ません。なにせ評価する「ものさし」が違うので、共通の言語にならない部分があるからです。
ただ、症状に当てはめてみると、みなさん誰しも想像しうるものばかりです。血の不足、血虚(けっきょ)について、また肥満については前回と重複するので省略します。冷えですが、自覚する冷えと、自覚できない冷えが存在します。自覚されない冷えとは、体内、特におなかの冷え、もっといえば子宮の冷えの一部です。すなわち通常は冷えを自覚していないが、冷えるとお腹が痛むとか下痢をする、生理の異常がでるなど、冷える状況に置かれると身体の不調を来(きた)す場合です。また、腎虚に関しては月経が不順であったり、めまいや耳鳴りがあったり、不眠やだるさがあったり、また肝気鬱結にも、月経不順の他に、イライラが目立ったり、生理前のお乳の張りや痛みなどの月経前の不快な症状が強くでるといった、それぞれありふれた症状が起こります。これらの度が過ぎている場合に、妊娠しづらい状況に陥っている場合があるのです。
治療についてですが、往々にして、月経をきちんと整えることが前提になりますので、コラムVol.11「母体と漢方(1)」や前回Vol.54「妊娠と漢方(その1)」にあるように、当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)が基本になります。冷えの場合に温経湯(ウンケイトウ)、当帰四逆加呉茱萸生姜湯(トウキシギャクカゴシュユショウキョウトウ)、苓姜朮甘湯(リョウキョウジュツカントウ)などを冷える部位によって考えたり、胃腸症状を伴う場合に人参湯(ニンジントウ)、小建中湯(ショウケンチュウトウ)を選択したり、腎虚の場合は八味地黄丸(ハチミジオウガン)や六味丸(ロクミガン)をベースにしたり、肝気鬱結の場合には加味逍遥散(カミショウヨウサン)や四逆散(シギャクサン)、半夏厚朴湯(ハンゲコウボクトウ)などを考慮したりします。瘀血(おけつ)と呼ばれる、血行不良による循環障害が起きてしまっている場合には、桂枝茯苓丸(ケイシブクリョウガン)や桃核承気湯(トウカクジョウキトウ)、など、やや下す薬を用いることも必要です。下す生薬を含む漢方については、添付文書に妊娠の際は使用しないことが望ましいとの記載があるものがあります。そのような場合は、妊娠が成立した時点で一旦やめて経過をみるなどの対処が必要です。しかし、流産を促すほどの影響は、特にエキス剤については基本的にはないものと考えてよさそうですので、継続の可否は処方される医師としっかり相談して考えましょう。
《参考資料》
漢方医学(大塚敬節著・創元社)
漢方診療医典第6版(大塚敬節他著・南山堂)
漢方内科学(水野修一編・メディカルユーコン)
いかに弁証論治するか続編(菅沼栄著・東洋学術出版社)
【文責】 三重大学病院漢方専門医・小児科専門医・医学博士 高村光幸