最近のこのコラムの内容は特に、一般の方に対して聞き慣れない病名が出てきたり、少し古典的な内容になっていたりします。なぜこのような話を書いているかというと、漢方はいわゆる現代医学の病名に対して処方をするのが本来の形ではないということを改めて強調し、知って頂くためでもあります。「花粉症に効く漢方はありますか」、という質問に対し、漢方的に本来答えるとなると、存在しません、となります。「花粉症」という病気自体が漢方の考えには元々存在しないからです。でも『傷寒論』にある漢方を分析して使うことで、花粉症に十分対抗できていることは、かつてのコラムでもたびたびお話してきました(コラムvol.9, 10など参照)。だから花粉症に効果のある漢方は「ある」と言えます。その元となる考えを是非知って頂きたいとの思いで、わざわざ古くさい概念をコラムで言及しているのです。
さて、太陽病に使う代表的な処方は、コラムvol. 44など、すでに何度も登場した葛根湯(カッコントウ)、桂枝湯(ケイシトウ)、麻黄湯(マオウトウ)などですが、『傷寒論』の最初にでてくる処方は桂枝湯であり、この処方の基本構成を十分に理解して漢方を応用する必要があります。
桂枝湯の構成は、桂枝・芍薬・生姜・大棗・甘草です。板東先生の主張する構造主義的漢方医学によると、『傷寒論』の処方構成は主作用をもった薬物と、その副作用を抑えるための薬物とを組み合わせた2種類の薬物のセットからできている、ということですが、漢方の副作用は主に胃腸症状を想定しており、いわゆる健胃薬として配合されるものを指します。生姜・大棗・甘草がこれにあたります。そうなると桂枝湯の主役は桂枝・芍薬となります。西洋医学では感冒に対し、解熱鎮痛薬(たとえばロキソニンなど)に胃薬をセットで処方することが一般的ですが、それと同じような考えがすでにひとつの処方内に組み込まれているということです。桂枝は体表を温め発汗を促しますが、芍薬はその行き過ぎを抑える役割があると考えられています。太陽病の発汗療法のなかでも、マイルドに効かせるための配慮が絶妙になされていることになります。葛根湯、麻黄湯の構成はすでにコラムvol. 44でお話していますが、さらにこれらの応用方剤である、桂枝加葛根湯、桂枝麻黄各半湯、桂枝二麻黄一湯といったものなど、桂枝湯を使った後の反応や病気の経過で、次に出すべき処方というものが用意されており、太陽病の各病態にきめ細やかに対応する方法が記載されています。たとえば桂枝湯を服用し、大いに発汗し、ひどく口渇を訴える状態で脈が洪大(脈が変化した)となった場合は、太陽病が陽明病に変化したと考え、白虎加人参湯(ビャッコカニンジントウ)を使うこと、となっています。あるいはそもそも桂枝湯を使うレベルでない傷寒で、嘔吐や下痢をして熱があり、寒がったり咽が渇いたりするときにも白虎加人参湯を用いよ、とあります。現代なら点滴をするような脱水状態でしょうね。白虎加人参湯は、石膏・知母・粳米・人参・甘草ですが、石膏と知母は冷たい性質をもった生薬で、併せて炎症解熱作用を目的に配合されています。全身に熱があるので、強力に解熱するためです。粳米は玄米で滋養や止渇の役目、人参は強壮薬で胃腸も調整します。甘草はこれら全体の調整などの役目です。点滴のない時代の、水分補給、解熱、消化管調整のような処方となりますから、先ほどの症状が目標というわけですが、現代では遷延する感染症などの熱性疾患のほかに、熱中症、赤みや乾燥の強い皮膚炎、口渇から糖尿病、などに応用して使用することが多いものです。
《参考資料》
臨床応用傷寒論解説(大塚敬節・創元社)
病名漢方治療の実際(板東正造・メディカルユーコン)
【文責】 三重大学病院漢方専門医・小児科専門医・医学博士 高村光幸