前回に続いて生薬についてお話します。医療用漢方製剤の約70%に含有されている生薬があります。それは甘草(カンゾウ)という生薬です。甘草は調和の作用として、いろいろな生薬の組み合わせである漢方処方の作用や毒性を緩和してバランスをとるような役割をもつので、このように多くの処方に含まれています。本来は消化管の働きを補い、気を益すための作用が中心です。また、筋肉の痙攣を抑えて痛みを緩和したり、咽の痛み、皮膚や粘膜の痛み、炎症などを緩和したりするような作用も持つとされます。全体の70%ということは含まれない処方もあるわけですが、それにはもちろん理由があり、消化管の働きを補う必要がない場合の処方であったり、調和の作用が加わることで処方本来の鋭い効果を鈍らせたりしないようにするためだとされます。熱やうっ血を強く持った炎症で、甘草が緩和できないような程度のものを扱う処方には配合されないとか、利尿を図り身体から余計な水分を排出しようとする処方などには配合されない、ということがあります。このコラムにも何度か登場した、黄連解毒湯(オウレンゲドクトウ)、五苓散(ゴレイサン)などは、そのような場合に用いる代表的処方で、甘草を含みません。
甘草は漢方薬を扱う上で比較的頻度の高い副作用である、低カリウム血症、偽アルドステロン症を起こす原因薬物となります。浮腫、高血圧などがその症状で、これらは甘草の主要成分であるグリチルリチンの代謝物グリチルレチン酸にある程度起因することがわかっています。グリチルレチン酸は腎臓の尿細管に作用しコルチゾールを増加させ、カリウム排泄促進、ナトリウムの再吸収促進をもたらすことで、血液中のカリウム濃度低下、ナトリウム保持による浮腫ないし高血圧が起こるという少し難しいメカニズムですが、漢方を専門にしている医師でこれを知らない者はいません。男女比は1:2で女性に多いとされています。私自身も高齢女性数人で低カリウム血症の発症を経験しました。漢方の他に、利尿薬、インスリン、副腎皮質ホルモン、甲状腺ホルモンなどを服用している場合に低カリウム血症が起こりやすいと言われています。学会の指針や漢方メーカーの薬品情報として、1日量として甘草が2.5g以上含まれる処方には注意すべき病態が挙げられていますが、実際は甘草の量にかかわらず起こりうる症状であり、常にそれが起こりうる可能性を認識しながら漢方を使うことが重要です。したがって漢方知識の乏しい医師や、複数の病院で漢方を処方されている場合、薬局で購入して服用する場合などは、十分注意が必要となります。また、甘草は醤油やソース、食品の甘味料やタバコにも含まれているので、漢方以外にも普段から多く摂取している場合があります。いずれにせよ、これらをきちんと理解した漢方専門の医師に処方を受けることが、無用な心配をせずに漢方治療の恩恵を預かることにつながります。
《参考資料》
医学生のための漢方医学基礎編(安井廣迪・東洋学術出版社)
専門医のための漢方医学テキスト(日本東洋医学会学術教育委員会編集)
漢方中医学講座・臨床生薬学編(入江祥史、牧野利明・医歯薬出版株式会社)
平成薬証論(渡邊武・メディカルユーコン)
《写真提供》
株式会社ツムラさんのご厚意による
文責 三重大学附属病院漢方外来担当医・小児科専門医・医学博士 高村光幸