みなさんこんにちは。これから定期的にお母さんと子どもさんに役立つ漢方(東洋医学)情報を発信していきますので、楽しみにしてください。
さて、第一回のテーマはアトピー性皮膚炎と漢方としましたが、とっても重要なことなので、まずは小児のアトピー性皮膚炎について、西洋医学的に考えていきましょう。
アトピー性皮膚炎(atopic dermatitis以下、ADと略します)という病名、あまりにも有名ですが、みなさんはその診断基準をご存じでしょうか。たとえば、初めてお子さんを連れて行ったクリニックで、簡単な診察を受けただけで、「この子はアトピーですね」とあっさり医師に告げられ、「えっ!」と、びっくりした経験を持つお母さんもいらっしゃるのではないでしょうか。その上、詳しく説明もされなかったということは、日常的によくある話なのかもしれません。しかし、実を言うとこれはちょっと問題です。
日本皮膚科学会が、ADの定義・診断基準というものを出しています(http://www.dermatol.or.jp/QandA/atopy/shiryo01.html)。みなさんがこれを読んで全て理解されるのは難しいと思いますので、要点だけ簡単に述べますが、必須の条件として、「1.かゆいこと」「2.特有の皮膚の症状があること(湿疹、左右対称性など)」「3.慢性で繰り返す経過をたどること」という3つの条件を全て満たす、ということになっています。3に注目してください。診断基準では但し書きとして「乳児では2ヶ月以上、その他では6ヶ月以上を慢性とする」となっています。つまり、ある一定の期間症状がでないと、ADと診断できない、ということです。たまたま湿疹がでて、病院にいったら経過を聞かずにADですね、というのは、厳密に言えば間違いであるかも知れないのです。もっとも、問診などをあらかじめ聞いた上で症状をみて、「ADですね」ということは、初診でもあり得ますので、必ずしも1回受診しただけでわかるはずがない、とは思わないでください。あくまで基準ですので、臨床的に医師が判断すれば、厳密に合致しなくてもADとすることもあるのです(当然例外もあることは上記診断基準をご確認ください)。それよりも、自己判断でADと決めつけてしまったり、怪しげな薬を売りつけようとする商売人に、勝手にADだと言われて心配してしまったりすることにこそ、十分注意して下さい。
では、ADと診断がつくと、治療をするわけですが、治療の基本は、「1.原因と考えられるものをみつけて対処すること」「2.スキンケアをすること」「3.お薬を使うこと」の3本柱となります。西洋医学的な治療の詳細はここでは挙げませんが、3の基本となるお薬に「ステロイド外用薬」がでてきます。そしてこれもよく問題になります。
実際の医療現場でよく耳にするのが、お母さんたちの「ステロイド」に対する恐怖心や嫌悪感です。かつてマスコミでステロイドが悪者に仕立て上げられたので、未だにそのイメージはよくありません。特に長期的に治療が必要なADの患者さんの多くには、ステロイド治療の心理的な壁にぶつかる日がやってきます。ADについての漢方を希望される方のほとんどは、ステロイドから離れたい、ステロイドを減らしたい、という気持ちをお持ちです。医師としても、それは十分理解できますし、極力ステロイド使用を減らしたい思いは同じなのですが、ステロイドを目の敵にするのは、やはり頷けません。漢方を処方する医師としても、ステロイド抜きでADを治療することは、無謀だと思います。これは先日の日本東洋医学会学術総会(第61回、2010年6月)のシンポジウムでも話題となりました。つまり、標準的な西洋医学的治療(もちろんステロイド外用薬を必要最低限正しく使うことを含みます。フィンガーチップユニットという正しい塗り方があるので、九州大学医学部皮膚科ホームページなどを是非参考にしてください)を行った上で、これを補うために漢方を使うことが、多くの漢方医の考える最善策であろう、ということです。私個人として、これに大賛成です。ステロイドを最初から無視することは、決してお勧めしません。そして、正しくステロイドを使用すれば怖いことはなく、しかもより改善に結びつくことを必ず知っておいてください(高額な民間療法などに走ることも避けましょう)。漢方のことを話す前に西洋医学的なことを多く述べたのには、このような理由があるからです。漢方のみで治療するのが漢方と思っていただかずに、より効果的な治療を行うために、西洋医学的な判断は無視できない、ということを是非ご理解ください(今回は触れませんが、食事がさらに大事であることも学会で取り上げられていました。興味のある方は大阪公立大学皮膚科のホームページなどを参考にしてください。)。
さて、それでも漢方が気になる人、安心してください。漢方はADの方のお役に立てると思います。少なくとも、ステロイドを減らす、ほかの塗り薬や飲み薬を減らすことは、可能であると考えます。結果的に、漢方のみで症状が安定することも十分あり得ます。
ただ、このコラムでは、安易に○○病には××湯という漢方がいい、というような記載は極力避けたいと思います。なぜなら、漢方の処方というのは同じ病気でも全く異なる処方が選ばれることが普通だからです。AちゃんのADには補中益気湯が効いたけれども、B君のADには消風散と黄連解毒湯が効いた、というように、名前も構成も全然違う処方が同じ病名のものに適応されますので。
そうはいっても、ADによく使われる処方というのはありますので、一般的なものを挙げてみましょう。
小児のアトピー性皮膚炎に使われる代表的な処方
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などなど、と、これだけでは全然足りませんが、少しくらい処方名を載せないと、何のコラムがわからなくなってしまいますので書いておきました。処方の解説などは、別の機会にお話ししようと思います。
漢方の考え方では、病気の元となる本態を治すことを「本治(ほんち)」、病気が表している症候、症状を治すことを「標治(ひょうち)」と呼んで、区別することもあります。いずれの処方も、本治であったり標治であったりしますので、きちんと診断をして、経過によって変更したりします。このように、名前も構成も全然違う処方が同じ病名のものに適応されることを、「同病異治(どうびょういち)」と呼んだり、別の病気でも症状が同じなら、同じ処方で治療することを「異病同治(いびょうどうち)」と呼んだりすることがあります。これが漢方の面白いところであり、難しいところでもあります。つまり、病気(病名)と処方が1対1の関係ではない、ということなんですね。(つづく)
文責 三重大学附属病院漢方外来担当医 高村光幸